はまなすの頃

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分家の僕が本家の養子、つまりは彼の弟になったのは、旧制中学二年の15歳の時だった。 思えば、僕が養子に取られたとき、香月家はもう既に没落の一歩手前だったのだと思う。 事業は失敗し、元々あった財産の半分も失っていた。 その理由は兄の母親にあったのだが、結局、見抜けず失敗した義父に手腕がなかったということだろう。 兄の母親は、商売敵に密通していた。今言うところのスパイという奴だ。 尽く商談が不成立し、事業計画が露見し、商売敵に先手先手を打たれ、香月家の取引先が半分になったところで、漸く父や親族はそのことに気づいた。 兄の母親はそれだけ、頭が良かったのだろう。 結局、母親は巧く蒸発し、母親に面影良く似た兄ひとりが香月家に取遺された。 それまで文武両道の自慢の息子が、憎悪の対象でしかなくなった瞬間だったと思う。 義父は兄を異常に忌み嫌い、代わりに家業を継がせるために分家で歳の近い僕を養子にした。 兄がそれでも、他家へ出されなかったのは偏に、彼が優秀であり、既に有名になってしまったからだった。 凡庸な人間であれば、彼は不幸にならずに済んだに違いない。
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