はまなすの頃

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義祖母や義祖父、義父の兄への折檻は酷かった。 事あるごとに、彼を打った。 食器の置き方が悪い、足音が煩い、試験で満点でない。 理不尽な理由で夜通しの折檻されたり、食事が抜かれた。 五十銭銀が財布から無くなった、書類が見当たらない、物が壊れた、壊した。 全て、兄のせいだった。 表に出ない、背中をばかりを打ち、冷水を浴びせ、寒空の下放り出し、 とにかく世間体を気にした折檻の仕方は厭らしかった。 けれど、僕はそれを黙ってみていた。 兄が黙っていたからだった。 黙っていろ、と目が訴えていたからだった。 兄は、静かに、耐えていた。 泣きもせず、喚きもせず、耐えていた。甘んじて受けていた。 今思えば、それが彼の賢さであり、強かさだったのだけれど、当時の僕はそれが理解できなかった。 家での彼は、学校での彼の面影は無かった。 小さく、弱く、傷つき、痩せたみすぼらしい籠の中の小鳥のようだった。 ただ、それでも美しかった。 どんなに虐げられても、根底には揺ぎ無い信念のようなものが見え、美しかった。 綺麗だった。 自分は臆病者で何も出来ないけれど、この美しい兄を守りたい、と思った。 憧れに保護欲が心に加わった瞬間、多分、僕は兄に恋をした。 兄を守りたかった。
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