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「十年ちょい前くらいになるのかな。父の店が、きみたちの家の近所にあったんだよ。
何度か、家族で来ていたっけ。それで、大人同士が話をしている間、きみと、同い年の女の子の面倒を私が見ていたんだ」
うっすらと、彼の言葉に引き出される記憶。
住宅街の中の、テナントビルの一階。
入口には洋風のテラスがあり、奥には小さな庭に抜ける廊下があった。
子どもを呼ぶ、優しい声。
小さな庭の、テーブルとイス。
パラソルの下で、目を輝かせる、
オレと、綾。
二人の前にいるのは、
本を手に微笑む、青年。
「いっちゃん……」
「ん、そう呼んでたね、二人して」
一生は嬉しそうに笑んだ。
「あの時、私は大学生になったばかり。二生は小学生、四生は幼稚園だったな」
「一兄、先輩のこと知ってるの」
いつの間に着替えたのか、私服の四生がやって来て、二つ隣のカウンター席に座った。
厨房から、二生が不機嫌そうに出てきて、サンドイッチの皿をそれぞれ置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
オレの礼をまともに聞かずに、二生はさっさと奥に引っ込む。
そんな弟を横目に、一生は笑いながらコーヒーを出してくれた。
「無愛想な弟ですまないね。根は悪い奴ではないんだが」
「料理はおいしいのよ」
四生が言いながらサンドイッチをほおばる。
「いただきます」
一口――あぁ、うん、うまい。
「それで?」
「あぁ、父さんの店に、家族で来ていたことがあるって話だよ」
四生の質問に一生が答える。
「お父さんの?」
不意に手が止まり、四生がオレを見る。
「あぁ……小学校入る前のことだから」
「――そう」
何故か残念そうな声で、四生が顔を逸らす。
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