際会

8/9
前へ
/15ページ
次へ
「十年ちょい前くらいになるのかな。父の店が、きみたちの家の近所にあったんだよ。 何度か、家族で来ていたっけ。それで、大人同士が話をしている間、きみと、同い年の女の子の面倒を私が見ていたんだ」 うっすらと、彼の言葉に引き出される記憶。 住宅街の中の、テナントビルの一階。 入口には洋風のテラスがあり、奥には小さな庭に抜ける廊下があった。    子どもを呼ぶ、優しい声。  小さな庭の、テーブルとイス。  パラソルの下で、目を輝かせる、  オレと、綾。  二人の前にいるのは、  本を手に微笑む、青年。 「いっちゃん……」 「ん、そう呼んでたね、二人して」 一生は嬉しそうに笑んだ。 「あの時、私は大学生になったばかり。二生は小学生、四生は幼稚園だったな」 「一兄、先輩のこと知ってるの」 いつの間に着替えたのか、私服の四生がやって来て、二つ隣のカウンター席に座った。 厨房から、二生が不機嫌そうに出てきて、サンドイッチの皿をそれぞれ置く。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 オレの礼をまともに聞かずに、二生はさっさと奥に引っ込む。 そんな弟を横目に、一生は笑いながらコーヒーを出してくれた。 「無愛想な弟ですまないね。根は悪い奴ではないんだが」 「料理はおいしいのよ」 四生が言いながらサンドイッチをほおばる。 「いただきます」 一口――あぁ、うん、うまい。 「それで?」 「あぁ、父さんの店に、家族で来ていたことがあるって話だよ」 四生の質問に一生が答える。 「お父さんの?」 不意に手が止まり、四生がオレを見る。 「あぁ……小学校入る前のことだから」 「――そう」 何故か残念そうな声で、四生が顔を逸らす。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加