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ガンッ、と乱暴に、玄関脇のいつもの場所に自転車を置いてドアを開ける。
入るなり「あ……」と声がして、オレは顔を上げた。
「おかえり」
「……ただいま」
すぐに目を逸らし、階段の方へ。
「雄次――」
消えそうなくらい細い声で、呼び止められる。
無視はできなくて、足を止めて目だけを振り返らせた。
「雨、大丈夫だった?」
「ああ」
言いたいことは、そんなことではないだろう。
短い沈黙の後、言葉が出る。
「敦くんに、渡したの?」
「ああ」
「そう。受け取ってくれた?」
「ああ」
「そう……よかった」
ホッとした顔で、うなずく。
オレは顔を前に戻した。
「あいつに言われた。
毎年、綾の墓参りに行こうって」
それだけ言って、二階へ上がる。
背中で、母さんの押し殺した泣き声を聞く。
それがつらくて、オレは足早に部屋に入り、戸を固く締めた。
今日は、カバンがやけに重たく感じた。
それを机の横に投げ置き、倒れるようにベッドにダイブする。
自分一人の小さな空間――それを認識した途端、抑えていた感情が一気に脳に噴き出した。
「くそっ!」
布団に言葉をぶつける。
「くそっ! くそっ!! くそっ!!!」
顔をうずめたまま、何度も何度も吐き捨てる。
悔しかった。
「なんでだよ」
知っていた。
綾が敦を好きなのは。
たぶん、気付いたのはオレだけだろう。
でも。
オレと勘違いするとは、思っていなかった。
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