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ふと顔を上げると、窓から見える空が、暗いオレンジ色に染まっていた。
雲が、晴れたようだ。
時計を見ると、いつの間にか六時を過ぎている。
オレはのっそりと起き上がり、着替えた。
「どこかに、出かけるの?」
玄関で靴を履いていると、後ろから母さんが心配そうに声をかけてきた。
「少し、散歩」
「こんな時間から?」
オレは、振り返らない。
「そんなに、遅くならないから」
いつもなら、部活で九時近くに帰ってくることも珍しくない。
だけど、心配しているのは時間ではない。
「車に、気を付けて。
必ず、帰って、きてね」
祈るような言葉。
ズキンと、心が痛んだ。
「ああ」
立ち上がり、ドアを開けて。
一度深呼吸して。
振り返った。
笑顔で。
「大丈夫。自分の育てた息子を信じろよ」
明るく。
演じきった。
そのままドアを閉めて、歩き出す。
目的など、ない。
どこでもいい。
どこまででも、いい。
「頭、冷やさないと」
母さんがどれだけつらい想いをしているのか、わかるから。
「最低な息子を、少し、へこませないと、な」
オレは、綾を助けられなかった。
だからと言って、両親につらい思いをさせるのは、間違っている。
オレの心配をしてくれる人たちを、大切にしたい。
家族、だから。
今回のことで、思い知らされた。
オレは、ひどく弱い人間だ。
オレは、ひどく卑怯な人間だ。
「そうか。
だから、敦だったのかもしれないな」
一人ごちる。
もし、あそこにいたのがオレだったのなら――
そんなことを考えながら、歩いていた。
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