ビー玉哀歌

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琴子に縁談が持ち上がったのは、三年程前のこと。我が子に日の光を見せてやれない親のふがいなさを母が古い友人に零したのがきっかけだった。友人伝いに紹介された男性は、恭一達の住む地方では名の知れた資産家の跡取り息子で、琴子の病気にも理解を示してくれたらしい。最も、琴子の容姿の美しいことは寝巻姿の呆けたような写真だけでも良く分かる。その男性が何を望んでいたのか、今となっては知る術もない。 こうして、当事者の片方の意見を聞かないまま些か古風な縁談は進んでいったらしい。朝の食卓でその話を聞かされたとき、恭一には何の感情も浮かんで来なかった。あの日から何度も夏を越え、歳の割に小柄だった身長もぐんと伸びている。彼にとって姉は、透明人間に等しい存在となっていた。居るけれど、居ない。身近に感じることも殆どないまま。――ただ一つだけ、無感動に思った。空は、あるのだろうか。 確かに何かが変わったのは、その三ヶ月後。 琴子の出立は翌日に迫っていた。日が明け次第、父が車で向こうの家まで連れていくらしい。着飾った花嫁姿を見せることもなく、見送りは身内だけ。呆けの病を患った娘を、両親は最後までひたすら大事に、周りから押し隠していた。そんな二人を、恭一は決して軽蔑しない。仕方なかったんだろうな、と他人事のように思うだけだ。 見送りに行くかと言う父親の問いに首を振り、恭一は自分の部屋で机に向かっていた。雑多に散らかった机の上を整頓していたとき、ふとその存在に気づいた。おそらくずっと前からそこにあった、けれどずっと忘れていた、それ。
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