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光に透かそうにも恭一の部屋の窓から見えるのは、遠く夜空へと頼りなげに浮かぶ月の明かりだけ。少女の手の中で光そのものとなっていたビー玉は、歳月を経てくすみ、ただのガラス玉と化していた。
だから――などと接続詞をつければ、あまりにも唐突な話になってしまう。けれどそれ以外に上手い言い回しなど見当たらない。ただ一つ、忘れていたものを思い出した。それだけの話なのだ。
部屋を出て左、距離にして僅か数歩。それは長い間、恭一にとって何よりも遠いきょりだった。襖を開けると墨を塗したような薄闇が辺りへ広がっていた。窓は開け放たれていたが、弱々しい月光の他に明かりはない。小さな布団が一枚敷かれているだけの殺風景なその部屋で、琴子は寝息を立てていた。――窓の桟に身を凭れ、大きく前へ乗り出して。
ともすれば真っ逆さまに窓の外へ落ちてしまいそうな体勢のまま、琴子はすやすやと眠っていた。淡い光に撫でられてぼんやりと浮かび上がる肌は青白く、まるで陶器のよう。何かを言いかけて止まったかのように小さく開いた唇からはすうすうと規則正しい寝息が零れ、それに合わせて薄い胸は上下している。
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