ビー玉哀歌

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まるで誰か、別の人間にでもなったみたいだ――或いは何か、別のものに。 恭一は立ち尽くす。ここに俺は何をしにきたんだろう。こんなふうに眠る人に、俺は一体、何を。答えを出せない問いが、浮かんでは闇へと消える。 どれくらいの間そうしていただろう。不意に琴子の手が動いた。起こしてしまったかもしれない、そう思うより先に、白く浮かび上がる影がゆらりと起き上がる。 ぱちり、視線がかちあった。 恭一はそこから動けない。黒目がちの瞳に射竦められ、まるで世界に二人っきりのような錯覚を覚える。ガラス玉を握り締めたまま、恭一は姉と呼んでいた人と向き合った。 「琴子、」 語りかけた言葉が地に落ちる。何もない部屋、距離にして僅か数センチ。あの夏からずっと、遠いままだった。 腕を伸ばしたのは琴子だった。短くて長いそれを軽々と越えて、差し出されたのは小さな手のひらと、あの日と変わらぬ太陽のような笑顔。線の細い透明人間が、恭一の中で実体を伴っていく。
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