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大学に合格したら、家を出る。
両親へそう告げたのは、去年の暮れのことだった。特に反論はされなかった。ただ一言、「そうか」とだけ言った父の髪は白く染まっていた。まだ壮年と呼べる年齢にも関わらず、だ。
琴子の時間が止まるのと同時に、両親は老い始めた。それはちょうど、太陽を失った植物が枯れていく姿にも似ていた。
部屋を出るとき、目の端にきらりと光るものが映った。拾い上げるとそれは、小さなビー玉だった。幼い頃に集めていたのを覚えている。確かほんの僅かの間だった。止めてしまったのだ、ある日を境にして。
そんなコレクションなどとうの昔に捨てたはずだが、奇跡的に一つだけ残っていたらしい。何処か、まるで胸の奥で何かの扉が開くような奇妙な懐かしさに駆られ、恭一は鈍く光るそれを無造作にポケットへ捩込んだ。
部屋を出る。少し体重をかければぎいぎいと鳴る木張りの階段を下り、一階へ。見送りはいらない、それも告げてあった。面倒なだけだし、第一頼んだって出てきてはくれないだろう。うちの家族は、疲れているのだ。
居間に通じる襖を開けようとした所で、恭一はふと手を止めた。このまま行けば、両親が寝ている和室を突っ切ることになる。起こしてしまうのは申し訳ないというより煩わしかった。伸ばしかけた手を引っ込めて、そのまま縁側に出る。玄関から出入りするよりもこちらからの方が、ほんの少しだが駅に着くまでの時間を短縮出来るのだ。案の定、軒先には恭一のくたびれたスニーカーが砂を被りながら転がっていた。靴紐を結び直すこともしないまま爪先をその中に押し込んで、恭一は歩き出す。
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