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…とはいえ、それまで、あまり遠出などしたことの無い子どものこと。
一旦は決心はしたものの、徐々に見知った都会を離れ、初めての風景ばかりが窓の外を流れ始めると、だんだん心細さが募り始めてきました。
車内の父は、終始無言です。
三人掛けの座席には、窓際の私と通路側の父の間で、大きな荷物によって、すっぱりと分断されていました。
今まで、父のとなりは、私の密かなお気に入りの場所でした。
たまの休みの日に、厚い資料や本を読む父の横で陣取り、あれこれ質問したり、学校での出来事を話したりと、他愛無い時間を過ごすのが好きでした。
けれど、その日ばかりは父の隣に座ることが憚られました。
あの時ほど、明確に父の拒絶を感じたことはありません。
父は目を閉じたまま、黙って感情を圧し殺し、私の言葉や車内放送を含め、五感に入る全ての情報を遮断していました。
そのあまり異様な雰囲気に、切符を見に来た車掌さんも、机の上に置かれた切符を確認すると、一礼して、そそくさと父の前から立ち去っていきました。
その時は、何て薄情な車掌だとは思いました。
けれど、後になってトイレに立った際に、私はその車掌さんに呼び止められ、かなり真剣な顔で鉄道警察を呼ぶかどうかを訊ねられました。
社会的には、父が誘拐犯に見えたらしいのです。
私は、しどろもどろと分かる範囲での事情を話し、どうにか誤解は解いて貰いました。
いえ、『誰かに』『そう言う様に』『強要されて』いないかと、しつこく何度も確認しました。
恐らく彼らにとって、私達の存在は不承不承の納得だったのでしょう。
席に戻る私が振り替えると、車掌さんは窓越しではありましたが、心配そうに私達のことを覗いていました。
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