1・吉川水乃

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《 2 》 実のところ、私はこの町の出身ではありません。 私が生まれたのは、もっと東の、首都圏にある都市の一つです。 そこでの暮らしは、正直あまり良く覚えていません。 別に他意はありません。 小学校低学年ぐらいの出来事は、誰しも、あまり覚えていないのではないでしょうか。 少なくとも、私にとっての都会生活は、小さなアパートの一室に、両親と三人で慎ましく暮らしていた印象しか残されていません。 当時の町並みや、小学校の友達の顔も名前も、今となってはぼんやりとしか思い出せません。 …きっと単純に、私の周囲の日常が淡々と過ぎていったからだと思います。 それに、私のこの町に来てからの方が色々とありましたから、都会での出来事は、何処かに押しやられたのかも知れません。 当時の私達は、都市部では珍しくもない、両親が共働きの家庭でした。 少し今と違うのは、当時はサービス残業などが、まだ法的に規制されておらず、連日、両親は遅くまで会社勤めをしていました。 その家庭環境の良し悪しは、一概に言い切れませんが、子どもの頃の私には、自宅に二人の姿がないことが普通でした。 両親の顔を見れたのは朝ごはんの時だけで、それも家族全員が揃う時間は僅かなものでした。 朝起きて学校に行き、学校が終われば学習塾に通う。 塾が終われば家へと帰り、冷蔵庫にある作り置きのご飯を食べながら、適当な時間までテレビを見て、後は寝てしまうのが、当時の私の一日のタイムスケジュールでした。
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