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「ウチの社長に会って下さい」
「社長……?」
「えぇ」
私はニコリと微笑んだ。
「どこの社長かな?」
「ウチの、です。会って頂ければ分かりますから」
「――じゃあ、次に会えたら……必ず」
「そうですね。会えたら……私、もう行かないと」
昨日この人と体を重ねたとは思えないほど、私はあっさりと立ち去ろうとしていた。
というより、恥ずかしくて冷静な気持ちで居られなかった。
だって……
出会ったばかりの人と体を重ねられるほど、私は男慣れしていないから。
なるべく顔を見ないようにして俯きながら玄関へ向かった。
一晩だけだけれど、3LDKのこの家の間取りくらいは把握できる。
彼一人で住むには広すぎるほどの家だと感じた。
私がそそくさと玄関に向かっていると、ジーンズだけを履いた彼が慌てて私を追いかけてきた。
「しぃ……別れる前にもう一度、名前を呼んでくれないか?」
玄関でパンプスを履く私にそう告げる。
「名前……ですか?」
「うん」
改めて名前を呼べと言われるとどうにも恥ずかしいものがある。
けれど、私が昨晩何度も口にした彼の名前を今さら呼ばないのも気が引けて、困惑した私はまっすぐと彼を見つめたまま固まった。
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