① 理由

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風がやけに騒がしい。 あんなにも五月蝿かった蝉の声は、それがまるで幻聴だったかと錯覚するほど消え伏せた。 耳にすることが出来るのは、風に揺らされた木々の葉のざわめきと、道に横たわる落ち葉が風に弄ばれ転がる音 そして、確実に早くなっていく夕暮れに淋しげな虫の鳴き声 今、僕の目の前に広がる世界は、エネルギーに満ち溢れていた夏が終わり、絶対的な脱力感に包まれ、厳しい冬をただ無抵抗に受け入れようとしていた。 僕の名前は高井雅之、もうすぐ40になる。 小さな会社に勤めるサラリーマンである。 名もない会社ではあったが、やり甲斐のある仕事を任されていた。 顧客からも信頼され、自分なりに忙しいが充実した仕事だ。 僕は結婚している。 しかし、結婚生活は僕が思い描いていた程、決して順風満帆ではなかった。 「妻の愛情を感じられない」 そう感じ始めたのは結婚して数年も経たない頃だった。 本当につまらない事がきっかけで喧嘩をして、僕の気持ちは次の日には治まっていたにも関わらず、妻は1週間も険悪な態度で僕を悩ませた。
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