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折からの激しい雨で、国道には車溜まりが出来ていた。
フロントガラス越しに滲むランプが車内を紅く染めている。
ワイパーの速さを最速にしても気が昂るばかりで、視界を晴らす効果は薄い。
背中で苛立っている上司の気を紛らそうと、運転手はラジオのスイッチを入れた。
「おい。俺は今、こんな駄洒落唄を聴いてる気分じゃないぞ」
「社長。これは駄洒落じゃなくて、韻を踏んでるんです。10年代に流行ったラップですね」
「韻(いん)だか悪いんだか知らんが、同じ様なもんだろ?とにかく消してくれ」
上司の駄洒落に気付かないよう注意しつつ運転手はラジオを操作した。
いっこうに進まない車両の群れが不運を暗示しているようで、現実を祓うように脇道にハンドルを切る。BRC(最適経路誘導システム)の普及で抜け道など存在しなくなっているが、少しでも動いていたい。
静かすぎる空間は、どうしても嫌な想像へと意識を誘う。
緊急車両が5台も過ぎて行ったせいで、社長のストレスもピークのようだ。
こんな大雨の日に歩行者もいるまい。
住宅街の細い道を、少しだけスピードを上げた。
その時、携帯が震えた。
社長は着信音より速く電話に出る。
社長の会話は相槌ばかりで内容を推し測る事が出来ないが、緊迫した雰囲気で、少なくとも宝くじ当選の連絡では無いことくらいの察しはつく。
益々空気が重苦しくなっていく。
病院に到着した時には、会社を出てから2時間も経っていた。
緊急外来の入口に車を寄せると、社長がドアを開けっ放しにして飛び出した。
運転手は、自分も飛んでいきたいという衝動を抑え込みながら、ゆっくりと身体を支えるようにして後部座席のドアを閉めた。
絶望的だという事は頭より先に、心が理解していた。
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