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社長の到着を待っていた医師は、その佇まいだけで訃報を察して欲しいようだった。
「先生!美穂は!」
「…奥様は、たった今…」
「何だ…って?…」
「お察し致します」
医師は静かに目を伏せる。
「貴様!なぜ美穂を助けなかった!」
「申し上げたはずです。Z4Or2型は新種の多剤耐性ウィルスで、まだ治療法が無いんです」
「そんな事は知っている!……あんなに元気だったのに…。赤ん坊はどうした!?」
「お子さまは無事です。…お会いになられますか?」
言い澱んだ医師は、あからさまに何かを隠していた。
本気で隠すわけではなく、心構えを促す暗黙のサインのようだ。
「当たり前だ!無事なんだな?」
医師はそれには答えず歩き出す。
産まれたばかりの赤ん坊はガラス張りの滅菌室に入れられる。そして授乳の時だけ母親のいる部屋に連れてこられるというシステムになっていた。
しかし医師が案内したのは、そのような部屋では無く、手術棟の一室だった。
使われていない手術室の隅に保育器が置かれている。産まれたばかりの子はその中で静かに眠っていた。
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