【夫婦】

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「・・・・っ!」  三助は言われた瞬間、次郎太を殴らんばかりに胸ぐらを掴んだ。拳を振り上げたが、すぐに下ろした。胸ぐらから手も離した。2人とも、何も言わない。  静寂。決して大きいとは言えない家は昼間だというのに薄暗かった。畑を耕すための農具は放り投げれられたように置かれ、飯を炊くための釜戸には灰がたんまりと積もっていた。その荒廃さが、静寂さと暗さを呼ぶのかもしれない。 「・・・・やっぱり、ダメだなぁ」  家の中を見渡して、ぽつりと次郎太が呟いた。 「かかぁや幸もいなくなると・・・なぁんも家のことできねぇもんな」 「・・・幸は、死んでねえぞ」 「・・・・」  母は殺され、あまつさえ妻も───。  貧しいながらも穏やかな時間が流れていた村に盗賊が襲ってきたのは、二月前のことだ。そのとき、食料はもちろん金目のある物も奪われた。家を焼かれなかっただけマシだという村人がいるが、三助は家族を2人失った。  母は盗賊が振り下ろされた棍棒が頭に当たり、打ち所が悪く3日苦しんだ挙げ句死んだ。もともと体が弱く、覚悟はしていた。しかし、妻の幸を連れ去られたのは三助にとって心に大きな穴を開ける。  幸とは幼い頃からの仲だった。余所から越してきた彼女からはどこか幼いながらも上品さを感じられ、『姫』と呼ばれることが多かったが三助だけは『幸坊』と呼びからかっていた。可愛らしい少女に照れ隠ししていたのだ。  成長するにつれ、三助も素直になっていった。美しく成長した幸は村の男どもを魅了し、三助も会うたび心臓が何度も高鳴った。  ある日、三助は死にかけた。原因不明の病にかかり、7日も熱が下がらず死線の境を彷徨った。そのとき、寝る間を惜しんで幸が看病してくれたのだ。  ───しっかり。  ───死んじゃ駄目よ。  看病されていた時の記憶はほどんどないが、この声だけはしっかり覚えていた。  
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