彼女がコートに立つ理由

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 医師は椅子から立ち上がると、初佳の頭を撫でた。てっきり不二は初佳が振り払うと思ったのたが、彼女は目を閉じて首をすくめるだけだった。 「初佳の頼みですから構いませんよ。初佳こそ、調子は大丈夫ですか?」 「うん、大丈夫。ありがとう、ハルちゃん」 (ハル、ちゃん?)  初佳が素直に笑っている。しかも人を愛称で呼んだ?  目の前で起こっている事態に不二は戸惑う。 「初佳…知り合い?」  不二が言うと初佳は一瞬止まり、こくりと頷いた。 「昔」  一言だけ。あまり触れるなということだ。それでも気にならないわけがない。仮にも彼氏で彼女なのだから。  どう聞けばいいのか不二が迷った瞬間、『ハルちゃん』が微笑んだ。 「ちなみに周助くんとも昔会ってるんですよ?」  机の上に伏せてあったネームプレートを『ハルちゃん』は不二に向けた。そこに書いてあるのは『不二 遥』という名前。  不二遥…遥…と脳内検索をかけるが心辺りはない。 「覚えていないかもしれませんねぇ。たしか君が5歳くらいの頃遊んだだけですから」 「親戚、ですか?」  たかが10年前、されど10年前。子供の10年とは大分昔だ。 「他人に近い、とても遠い親戚ですよ。うちの田舎に家族で来てくれたんです」
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