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深々と。
桜が舞っていた。
驚くほどゆったりと。
音もなく。
この初音島から離れて随分と経つが、
「変わらないな、この景色は」
辺り一面を塗り潰すような薄紅の中、そっと呟く。
春のまだ肌寒い月夜に咲く桜は、背筋が粟立つほど妖しく美しい。
義兄の住まう芳野邸の縁側から眺める桜は、また格別だった。
かつて何度も見た景色。
かつて日常だった景色。
何もかもが懐かしく、十年以上を経ても色褪せることの無い記憶。
その中でも、特に輝くのは――
「貴方」
過去の回想を、妻の声に打ち切る。
全く、いいタイミングで来たものだ。
「なぁ、俺達が出会ったときのこと、覚えてるか?」
妻からしてみたら、何の脈絡もない問い掛け。
それでも妻は静かに頷くと、俺のとなりに腰掛けた。
その腰に手を回し、引き寄せる。
妻は、俺に寄り添うように身を預けた。付き合い始めたあの頃のままに。
思い出すのはまだ幼かった冬の日々。
雪と桜の舞う、学舎で過ごした日々。
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