40人が本棚に入れています
本棚に追加
彰久が来た日は、朝から秋風が吹いていた。
湿ってもないし、乾いてもない。その中間ぐらいの、少し冷たい風。
その風からは仄かに秋の香りがして、季節はもう秋なんだと見えないものから感じ取った。
季節が秋に変わったということは、少し前からわかっていたようなのに、ほんとの意味でわかっていなかったらしい。
視覚で秋を知ることはいくらでも出来る。
例えば外では葉はすっかり紅葉しているのがわかるし、カレンダーにはハロウィンの絵が印刷されている。
天気予報では少し前から“秋晴れ”なんて言葉を使っているし、紅葉狩りの特集も組まれている。
それなのに、僕は外を秋と感じなかった。
僕が秋に気付いたのは、秋風がきっかけだが、それが確信に変わったのは、この友人のおかげでもある。
彰久からも、やっぱり秋の香りがしていた。
美味しい香りだった。
「食うか?」
鼻を鳴らしているのに気付いたのか、彰久が紙袋を差し出してくる。なんだかよくわからないが、食べ物らしい。「うん。食べる」と言って紙袋の中を見る。
匂いの正体は焼き芋だった。言われてみれば、漂ってくるのは間違いようなく芋の匂いだ。
さっそくお礼を言って一つ貰うが、これがかなり熱い。新聞紙に包まれているのだが、それでも長く持てないのだ。
「チチッ」と、お手玉するように片手で交互に持ち替えながら、焼芋で遊ぶ。いや、遊ぶ気はないのだが、そう見えてもおかしくないほど、僕の手は焼芋をお手玉していた。
ポーンポーンと宙に焼芋を飛ばしながら、慌ててお皿を出して芋を上に乗せる。
焼芋を触っていないはずなのにまだ、指はじんと熱かった。
「熱すぎるよ、これ」手をプラプラと振る。
彰久は呆れたように笑った。
最初のコメントを投稿しよう!