第一章『新住人誕生の日!』

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「あらっ、心外ねぇ。私が家賃を払わないのにはちゃんとした理由があるのよ?」 柔和な笑みを浮かべ寧々は再び志貴に体重を預けた。 志貴はめんどくさそうに顔を歪め彼女を引き剥がす。 「理由はいらない。結果をよこせ」 憮然と言ってのけた。 志貴の言葉に、寧々は背景に雷が落ちたかのように驚愕を浮かべる。 「……あ、あなたには私が何で家賃を払わないか解らないって言うのッ!?」 見開いた瞳からは涙が溢れ、嗚咽を漏らす口を両手で覆った。 膝から地面に崩れ落ち、すがるような瞳で志貴を見つめる。 ゆっくりと震える手を動かし、弱々しく志貴の服の袖を指で掴んだ。 「私が……私がこんなにも、あなたを想っているというのにッ……」 咽び泣くその姿に先ほどまでの妖艶さはなく、誰の目から見ても今の寧々はか弱い女性にしか見えなかった。 「あなた……」 涙の流れる顔を上げ、志貴を見つめる。 頬は仄かに朱に染まり、その姿はいつもとはまた違うが妖艶と言えるだろう。 「……私……私、いつまでもあなたのこと……」 潤んだ瞳を閉じて、僅かに顎を上げる。 志貴からの行為を待っているのだろう。 それを察したのか、志貴も動いた。 「いいから家賃払え」 「チッ」 通り過ぎた志貴を追うように開けた瞳に、既に涙はなかった。
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