588人が本棚に入れています
本棚に追加
見つめて、息を呑む──
身体が動かない。
時も、心も、すべて奪われたみたいに─…
スッと先生の手が下ろされた。
名残惜しい温もりが消える瞬間は、いつまで経っても慣れることはなくて、寂しく思う。
「そんな顔されると、誘ってるってとるよ?」
「…え?」
いつか佐伯先生が言った言葉が蘇る。
懐かしさが胸に込み上げて、笑みを溢して見上げた。
ふわりと微笑む先生の悪戯な瞳は、少年のようで。
「松谷、準備はいい?」
私の手元──つまり鞄を指で差し、尋ねられた。
「あ…はい。」
こんな所で私は何を期待してるの…
教室なんて、絶対見られてるに決まっている。
──いつも見ているよ。
あの手紙が頭を過る。
「松谷、大丈夫か?」
心配そうに覗き込まれ、慌てて肩を弾ませた。
小さく頷くと、
「それじゃ、行こうか。」
そう言って、先生は引き戸に向かった。
ドアに手を掛けたまま、私が出るのを待っていてくれる。
最初のコメントを投稿しよう!