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※ ※ ※
大学を後にした私は、父から貰った眼鏡を懐に、いつも通り登っていく坂道を歩いていた。
変な臭いのする所で眼鏡を掛けろと言われても、そんな変な臭いがする場所なんて――。
「……っ」
あった。
「まただ……」
鼻につくような臭い。
それは夕飯特有の香りでも、道端にある犬の糞の臭いでもない。
「最近……この坂……」
帰り道に必ず通るこの坂。
数ヵ月前までは、何の臭いもしなかったのだが――…ここ最近、手で覆いたくなるような変な臭いがする。
「……まさか」
これが父の言う"臭い"?
半信半疑ながらも、懐から眼鏡ケースを取り出した私は、恐る恐る眼鏡を掛けた。
「――!」
度の入っていないレンズ越しに見えた光景に、思わず息を呑んでしまった。
だってレンズ越しに見えるのは、目の前にさっきまで居なかったはずの女性の姿。
この季節には珍しい真っ白なワンピースに、顔を隠すように垂れ下がる長い黒髪。
(まっまじでかァアアア!!)
姿も昨日想像していたように同じだ。不意に足元を見てみれば、女性には影がなかった。
脳に伝達されるのは"本物"という単語だけだ。
『……どうし……て』
「え?」
ぽつりと消えそうな声で呟いた女性の言葉が聞き取れず、思わず問い掛けてしまった。
その瞬間、顔をゆっくりと上げた女性は――。
『どうして……私が』
顔を覆い隠すように垂れ下がる髪から垣間見えるのは、この世の者とは思えないほどの血走った目。
やけに真っ白な肌は恐怖を増幅させる。
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