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そして彼は言った。
「悪は私達ではないのか。…と、思う時が有る」
『馬鹿な事言わないで!!』
咄嗟に出てきた言葉を、何故か雪奈は口には出せなかった。
そしてすぐに気付く。
自分が全くその気持ちが分からない訳ではないことに。
そこに気付いた雪奈には、彼の言葉はじっとりと沁みてくる。
「私達は強大な絶対の力を持って生まれた。悪の奴らは、この力が市民に向かない為の捌け口なんじゃないか、と」
用意された生贄か、世界を守る為志願した人柱か。
彼らが悪を行っているのは、当然出てくる正義の為かもしれない。倒せない正義を人々に向けない為に。
世界征服をお題目にして。
そんな筈無い。
思ってはいても、雪奈は口には出来なかった。
「それでも、」
正しいか間違っているかに関係無く、彼女には分かっている事が一つだけあった。
「ここも正義の味方も辞めたとしても、あなたはあなたでしかない」
「この力の呪縛からは逃れられないって―――」
「違う」
雪奈ははっきりと言い切れる。この人は正義のヒーロー、早乙女雄馬。絶対的な力や正義の味方なんて立場や能力の前に、彼はただ早乙女雄馬という人格的存在なのだ。
「電車で立っているお婆さんを放っておけるの?」
「…ぐ」
「コンタクト落とした人の横を素通り出来るの?」
「……う」
「迷子の女の子無視出来る?」
「…………」
最後には腕を組んで唸りだした彼に、雪奈はにっこりと笑みを向けた。
「私が人質になった時、一人で助けに来てくれたのは誰だったけなぁ~?」
とぼける口調で言うと、彼は悔しそうに
『もう、いいだろ』と言った。
その薄暗い光の中でさえ分かる朱に染まった横顔が、私には可愛くて仕方がない。
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