序章

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全てが赤く、紅く、染まっているかのような錯覚を覚える光景だった。 呼気を繰り返す度に喉を、肺を、腐蝕していくのでは無いかと思えるような濃い血の匂い。 鉄錆び臭い血の匂いが充満して、頭が如何にかなってしまいそうだった。 ―――――…狂ウ。 否、全てを忘れて狂う事が出来たのなら、其方の方が余程幸せだったのではないだろうかとさえ思えてしまう惨劇。 其ほどまでに凄惨で、此れ程までに無慈悲な光景を、生まれてこのかた見たことが無かったから。 辺り一面ペンキをぶちまけたような赤い世界の中、地面に倒れ伏して身動きがとれない若い騎士もまた血の色に染まっていたのだ。 至るところに手傷を負い、それでも如何にか仲間の安否を探るように視線を流す。 数刻前、数名の仲間が絶命するのを見た。 けれど、まだ何名かは生き残っていた筈だと微かな希望を胸に抱いて。 鉛で手足を拘束されてでもいるかのように重たく感じる体を、半ば無理矢理起き上がらせる。 血生臭い匂いに吐き気を覚えながら彷徨い歩いていた時、けたたましい笑い声に弾かれたようにそちらを見た。 灰色の腰まで届く長い髪、陶器を彷彿とさせる滑らかで白い肌、興奮している所為なのか頬に赤みが差して妖艶にさえ写りこむ女の姿。 そして、―――――血塗れた赤い唇が半月状に歪み笑っていた。 目の前の惨劇が喜劇だと言わんばかりに女は微笑を張り付けた侭、背中に広がる灰色の翼を羽ばたかせる。
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