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ある日、僕の前に男が現れた。僕はその日、廃ビルの中で雨風あるいは強烈な日の光を凌いでいた。
彼は唾液で固めた様な長く粘っこい髪で、酷い臭いを纏うボロボロのマントを羽織っている。
ただ腰には沿えられた2丁拳銃だけは綺麗に手入れされていた。見るからに賞金稼ぎ、そうでなければ人殺しと言う格好だ。
「物騒な格好してるね」と僕は言った。
「ピース」と彼は言った。薮から棒。あるいは鉄砲からキャンディ。
ピース。確か平和と言う意味だ。
この地域でそう言おうものなら、そいつはすぐに病院に送られる。
と言うのもここでは一日に一時間、銃弾がハエの様にウワンウワン飛び交い、人々の命を奪う。
そして奪われた命は新たな命を育む。本物のハエが卵を生み付け蛆の温床になる。小さな雑菌が分解して土の栄養になる。腹を空かせた人々が食べる。
けれど余った骨は捨てる。骨は命を育まない。命を育むのは肉と相場が決まっている。
「いやそれは違う」彼は呟いた。
「俺達がこうして今話し合ってんのも、空気あってのものだ。空気はどうやって出来るか知ってるかね? 植物が作りだすんだよ。空気がなけりゃ話が出来ないどころか息も出来やしない。だから俺達の命を育んでるのは植物さ」
彼は彼の油っこくて長いヘドロの様な髪を弄りながら言った。
「そんなのどうだっていい」
僕は彼に答えた。
「僕が言いたかったのは、骨に使い道がないって事だ」
「こりゃ失敬。俺って生き物は今まで色んな所を見てきて色んな事を知ってるから、人に自慢したくなるんだ。悪い癖だ」
彼は骨張った頬をぽりぽりと掻いた。
「で、あんたは誰なのさ」
僕は聞いた。瓢箪から独楽。あるいは湖沼から熊。
「そうそう、よくぞ聞いてくれました」
彼は腰に付けた二丁拳銃を両手に持ち、子どもの様に発砲する真似をした。
「ピースメーカー。つまりは平和の使者」彼は言った。
日の光りを受けて拳銃が輝く。まるで黒真珠の様に。
「平和の使者、すなわちピースメーカー」僕は繰り返した。
「そうとも、ピースメーカー。銃弾というハエを駆除し、肉も骨も命を育まなくする。それが俺だ」
「なんの為に?」僕は聞いた。
「ビジネスだよ。名前は言えねえが、この現状を見兼ねた名も知らぬお偉いサンが俺を雇ったんだ」
彼は拳銃を腰のガンホルダーにしまった。
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