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「ホレこのとおり、銃をしまえば平和が待っている。俺の仕事は皆にそれを気付かせる事だ」
彼は陽気に言った。王様に進言する道化のみたいだ。
「それが出来れば苦労しない」
僕は言った。僕が王様ならこいつの首をギロチンで切り落とすところだ。
「苦労せずにビジネスは成立しない」
彼は言った。
「という訳で俺は苦労しなきゃならない。俺が最も苦労する事はなんだと思う? 頭を使うことだ。だから俺はこれから頭を使う。誰が頭を使わせるかと言うと、それはキミだ。キミは俺に出来るだけ詳しく、そして難しく、何で、今、ここで、銃弾がハエの様に飛んでるか教えなきゃならない」
彼は機関銃の様にペラペラと喋る。これだけ発砲すれば五十人は殺せるだろう。
「残念だけどこの状況を作る理由なんてモノは、詳しくも難しくも言えない」
「ほぅ? そりゃまたなんで?」
「向こう側から飛んで来るハエはこっち側の人間が嫌いで、こっち側から飛んで行くハエは向こう側の奴が嫌い。理由なんてそれだけだよ」
彼はなるほど、と頷いた。
「つまりハエを育む人間が、反対側の人間を嫌いじゃ無くなれば、ピースメーカーの仕事は終わり。と」
彼はその言葉を世界の真理であるかのように当たり前に言った。太陽は東から昇る。植物は光合成をする。
「簡単に言うけどさ、それって凄く難しい事だよね」
僕は言った。
「だけどやり甲斐のある素晴らしい仕事なんでしょ?」
「いやいやそんな事ァ無い。絶望的自営業、破滅型ビジネスだよ」
彼は言った。
「あ、そうか。世界中が平和になれば成り立たなくなるもんね」
「そういう事だね。世界が平和になると一人の男が失業する。俺にとって熱心に仕事をすることは、一生懸命自分の首を絞めてるのと同じ事だ」
その瞬間、外からパンという音がした。発砲だ。
その発砲を合図にハエの徒競走が始まるのだ。スタートは拳銃。ゴールは人の肉体。
「やれやれ」
彼は言った。
「それじゃあ一仕事やって来ますか」
彼はそう言って廃ビルから出ていった。
「ピース」僕は呟いた。
「ピース」彼も呟いた。
まるで何かの合言葉みたいだった。
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