序章『四三二』

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 この世を構築する成分はなんなのか。絶望と希望、肯定と否定、奮起と挫折、生と死。星の数ほどある相反して決して混ざることのない言葉たち。  彼等はまったく別の方向へと進んでいく。だがそれらは真実で虚実なんだ。  なにか答えを見つけたいときに困るのは、このての二択だ。どちらを選んでも過程はまったく変わらない。結局のところどちらかを選択し、歩きだし、乗り越えるしかないんだから。  だから俺、信濃四三二(シナノ シサンジ)は夕方の時間に公園のベンチに座りながら一人で悩んでる。この感情は絶望なのか希望なのか、今はただ哀しみに明け暮れるのか、今すぐ立ち上がり歩き出すのか。  でも俺はこう思ってる。  俺がどんな結論に達しようが世界は変わらない。ヘヴンが死んだ事実は変わらないんだって。きっとこの事実は、世界の成分を理解したって納得なんか出来やしないんだって。  俺がいる時間は夕方よりも遅い時間だ。子供達のはしゃぎ合う喧騒は消えて、聞こえてくるのは風がそよぐ音だけ。夕闇と静けさに包まるように、俺はぽつんとベンチに座っている。  俺が弟のように思っていた犬、へヴンが死んだのはつい先ほどの話しだ。動物病院に運んだ時には危篤状態で、成す術なくへヴンは息を引き取った。病気ではない老衰での逝去に、家族は幸福なまま死ねたと口にした。でも、俺は納得出来ない。  幸福に定義なんかない。だったらへヴンは恐怖しながら瞳を閉じたのかもしれないじゃないか。 「十五年も一緒にいたんだ。でも俺はまだ遊び足りない。へヴンだってきっと同じだ。そうだろ?」  哀しみや憤りが混然してる問いかけに、公園の遊具が答えてくれるわけじゃない。人通りが皆無の公園に、俺の言葉は虚しく響いた。  そう、虚しさ。  心に開いた穴が俺の胸を締め付けるんだ。へヴンの散歩で毎回訪れたこの公園には思い出が詰め込まれていて、俺はその一つ一つを思い出す度に息が詰まる。遊んで、喧嘩して、落ち込んだ俺を慰めてくれたりもした。へヴンと触れ合った時間が大切すぎて、俺にはへヴンの死が堪えられない。  世界の成分を知ったところで、へヴンが死んだ事実を世界から削除したところで、へヴンは甦らない。死という成分の削除は、それはそのまま俺がへヴンを記憶の彼方に葬り去るということと同義なんだ。  動物病院に一時的に預けられたへヴンは、
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