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『朕の義弟を見捨てるお主のような者は、朕の息子ではない!』
高所からこちらを見据え、憎しみの言葉を向けてくる。その瞳は悲しみに沈んでいた。
昔、彼のその瞳は優しさに満ちていた。
昔、彼の心は慈愛に満ちていた。
昔、彼は裕福ではなかったが、周りには彼を愛する人が溢れていた。
『恐れながら申し上げます!!当時我等の兵は荊州の敵兵に比べれば極めて少数、上庸を制圧したばかりで治安も定まっておりませんでした!その状態で関羽殿の救援に向かおうと全滅は免れず、その上上庸まで無傷で渡す事になります!』
『関羽ならば少数の兵でも増援に来れば、それをきっかけに戦況を変える事ができた!その上、結局は上庸もお前の失策で奪われたではないか!お前はただ、命惜しさに関羽を見捨て、己の無能さで城を奪われた愚か者だ!』
彼、「劉備」の心は荒れ狂っていた。
いや、少なくともそう見えていた。
『結果的にはそうでしょう。しかし、私は間違っていたとは思いません!呉も魏も万全の体制で関羽殿の包囲を敷いていました。助けれる可能性の僅かしかない将の救援より、一つの城を守る事が結果的に多くの民を守る事に………』
『うるさい!!我等義兄弟の誓いを知らぬ訳ではなかろう!お前が見捨てたのは関羽だけではない!朕と張飛をも見捨てたと同義なのだ!』
その事は考えなかった訳ではない。しかし例え救援に向かおうが助けれないと判断した。
命を捨てて救援に向かい、死ぬ。結果的に目的は果たせずともその行動は美談となり名を残す事だろう。
しかし、そんな事で命を捨てるよりも、生きている父の力になりたかった。
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