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ただ、その人を守りたかった。民を愛し、民に愛されたあの人を。
その為にできるだけの事をしてきたつもりだった。
鍛練を重ね、書物を読み進め、彼と同じように民を愛した。
敬愛する彼と血は繋がってはいない。だが、私は彼の息子。
彼が恥ずかしくないような息子でありたかった。
『顔を上げろ』
ひざまずき、瞳を閉じていた私に声がかかる。
『言い残す事はないか?』
ゆっくり顔を上げると見知った顔の近衛兵。
彼とも長い付き合いになる。彼は悲しみに顔を歪ませながらも、職務を果たそうとしていた。
『私の分も、陛下を守ってくれないか………』
その言葉に堪えていた涙が溢れた。
どうしようもなく悔しかった。
その願いを人に托すしか出来ない事が。
自分が守り、支えたかった。
『すまぬ、酷な願いかもしれんが早めに済ませてもらえるか?』
涙は止まりそうにない。死ぬ前に泣き続けたとあっては恥の上塗りだ。
後に首改めをするであろう父に、これ以上失望されたくもなかった。
その思いを察してくれたのか、いつの間にか共に涙を流していた近衛兵は、剣を上段に構える。
『神よ、生まれ変わる事があるならば、次も劉備様の元へ…』
首を前に出し、来たる痛みと死に耐えようと歯を食いしばる。
そして、近衛兵の息を吐く音と共にこの世へ別れを告げた。
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