関係図 その10

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翌朝。 あまり眠れなかった重たい頭をぼんやりさせつつ、駅の改札を抜けようとした。 「あ、お客さん」 「…え?」 呼び止められ振り向くと、そこには見覚えのある駅員さんが笑顔で立っていた。 確か、痴漢に遭ったとき、怖がりながら状況を話す私に、優しく、親身になって聞いてくれた人だ。 初老の穏やかな雰囲気を持つその駅員さんは、周りの人に気遣うように、少し声を潜めて話を切り出した。 「捕まったんですよ」 「え?」 「この間の、痴漢が。 なんでも、最近この辺りをウロウロしていた不審者と同一人物だったとか。 …お客さんも、怖い思いをさせられてたから、早く知らせてあげようと思って」 「…ほ、本当ですか?」 あの痴漢が捕まったと知り、安堵からか、ツンと喉の奥が熱くなる。 …良かった…。 帰りは牧瀬に送ってもらってたけど、朝はどうしてもこの駅を利用することになる。 通勤、通学で人目は多いとは言え、やっぱりあの裏口を通るときは、その時の恐怖心が頭を過ぎっていた。 「私も心配だったから、安心しました。 それで、…もし被害届けを出すなら、こちらに連絡して下さい」 そう言って、『痴漢相談窓口』と書かれた警察のチラシを私に差し出した。 「…はい。 親と相談してみます」 「そうだね。 …とにかく、伝えられて良かった。 …あ、もう電車が出発するね。 いってらっしゃい」 優しく目尻にシワを寄せる駅員さんにお辞儀を返し、改札を通り抜けた。 そして、いつもの定位置に座り、ふと、向かいの座席に目をやる。 彼の定位置、…そこに座る牧瀬を思い浮かべ、あ、と思う。 …そうだ。 痴漢が、捕まったということは …牧瀬と一緒に帰る理由が失くなったことを意味しているんだと、気づいた。 .
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