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恵くんの話は一昨日のお昼、長沢が厨房に入ってきたところから始まった。 あの長沢敦が厨房にやってきたとあってその場にいた全員、もちろん恵くんも含め驚いた。 何故入ってきたのか、それは長沢の頼んだ料理が運ばれて来なかったからとか。 その日は生徒会・風紀委員専門のシェフが居らず、しかも人数が少なかったとかで遅くなったらしく、我慢出来ず長沢が入ってきたと。 そして事情を知った長沢が調理を買って出て、しかし切られた野菜やらフライパンの上のソテー、鍋の中のスープetc…を見て激怒。 一から十まで長沢本人が手懸けたそうだ。 確かに長沢が作ったのはわかったけど全部って… 「それで、長沢先輩にお礼を言おうと思って…」 「あーそこに桐渕が来て勘違いしたってわけね?」 「いえそこではなくてですね、」 「ん?」 じゃあどこ? 俺と隊長達が静かに聞く中、さっきまですらすら話していた恵くんは顔を染め、話しづらそうにうつむいた。 どうしたんだ? 「なんだよ何があったんだ?」 「もったいぶるなよ」 「まさか無謀にも告白したとか…」 「違います!!」 トマトみたいになりながら隊長の言葉を全否定する恵くん。 恵くんちっちゃいからプチトマトか。プチトマトみたい。 とまあそれは置いといて。 俺は三人を宥め恵くんの言葉を待った。 しばらく口を引き結んでいたけれど、数分してようやく、ゆっくりと口を開いた。 「…厚かましいとは思ったんです。あの長沢先輩に、そんなこと頼むなんて」 「うん」 「でも、先輩が作るのを見て、食べたら、この人しかいないって…」 「何を頼んだの?」 たどたどしく、申し訳なさそうに話す恵くんへなるべく優しい口調で先を促す。 恵くんは深呼吸をして息を整えると、長沢に言ったことを口にした。 「長沢先輩に、作って欲しいって頼んだんです」 「何を?」 「ホットケーキを…」 話し終わったのか恵くんはそれから口をつぐんだ。 …え、つか、ホットケーキ? あら俺も作ろうとしてたよそれ。 じゃなくて… 「はあ?!ホットケーキ?!」 「そんなの他のシェフに作らせろよ!」 「図々しいんだよ!」 三人の罵声にすみませんと叫ぶ恵くん。うっすら涙目になってるよ。
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