第三章

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「きつね飯の油揚げだけでけっこう奮発しちゃった。ちょっと高かったけど、吾兄様のためだし、いいよね」 「うん。いいと思う」 いつもの調子で千斐千斐に相づちを打つ。 とは言うものの、もはや話の内容を聞き流している状態に近いのは、しきりに語る彼女の談笑に付き合わされるのに慣れっこだからだ。 千斐千斐の言う事一つ一つに気を留めていては疲れてしまうのは、長期間生活を共にした鞘奉がよく知っていた。 無明世界に来てから二週間余りが経過していた。 最初は慣れぬ事ばかりで戸惑ったが、その都度、千斐千斐に助けてもらいながら仕事をこなした。 心配だった人付き合いも、彼女の誘いから会話の輪に入れてもらったのをきっかけに女友達ができた。 話題は決まって、女の子の他愛のない恋話で、各自、経過報告を打ち明けては話に花が咲く。そんな毎日だ。 今ここで話題になっているのも、彼女らの好んでする話に関係していると言ってよい。 話を聞けば、近く、稲白が“連れ合い”を指名するとのことだ。 連れ合いというのは、戦で勝つための初の試みだという。 戦いで負った怪我が原因で人間と口を利けなくなってしまった稲白を“狐憑き”で身体に降ろし、自らを忘我に導き、直接に交渉することでその力を借りて信託・予言を行うのだ。 だが本来、精神薄弱者に取り憑くための狐憑きは、肉体・精神ともに錯乱の危険性が高い。 いくら人間が欲しがっても、神が与えねば意味の無い力でもある。 そう考えると自然と畏怖が沸いて別に力は要らないと鞘奉は思うのだが、皆は違った。 なぜなら、少女たちの間で連れ合いを“好逑”と呼ぶように、選ばれるのが特に女だとしたら、それこそ、配偶者に近い処遇は間違いないからである。 武士・農民という仕事柄の身分に関係なく生活を共にする権利がめぐってくるだなんて、恋する乙女にとってはまさに夢のような話なのだ。 実際、稲白の気を惹かせようと、日頃の恩頼への感謝も込めて彼のために拵えた供物を持ってこうして参詣するのは、此所にいるの千斐千斐たちだけではない。 向かう途中にそれらしき少女とは何人もすれ違っていた。
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