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稲白と顔を合わせたことのない鞘奉はよく彼を知らないが、彼の治める神国の豊かさが物語る寛大な品格はおのずと理解できた。
臣民、風土……全てのものに稲白の優しさは受け継がれている。
様々な悩みを持って無明世界に迷い込んできた皆に笑顔があるのも、彼のおかげがあってのことなのだろう。
少なくとも、その証拠に皆が稲白を好いていて、同時に彼に尽くすことを望んでいる、というわけだ。
「……で、鞘奉は何で韮なの?」
神殿までたどり着き、供物を供える者は供える中、友達の一人である瑚茉杞(コマキ)の冷ややかな眼差しを受けた鞘奉は、忘れかけていた自分の手に握るそれを広げて見せた。
「え、だって熊避けにいいんだよ。強烈な臭いで、いざというときにさ……」
「いざというときは逃げるが勝ちでしょ!」
千斐千斐・瑚茉杞・凛子(リンコ)といった友達三人による一斉の剣幕の鋭さに、一瞬、鞘奉の肩がすくむ。
彼女ら全員が稲白の虜だ。
自分は何も持ってこなかったが、まさか韮を一束、神殿に置いていくわけにもいくまい。
尤も、自分が手ぶらで参詣したことではなく、彼女らと違って稲白にまったく興味を示さないのが支持者として腑に落ちないからであろうが。
そんなこと言われても―たしかに、あの白銀の毛並は花も恥じるほどの麗しさだとは思ったが―そもそも相手は狐神であって、恋愛の対象とは言い難い。
数秒間視線をぶつけ合った後、千斐千斐は顔を逸らした。
「ま、いいじゃない。それで選ばれる選ばれないは別として。でも、後で吾兄様の良さに気づいて惚れたって、鞘奉だけには絶対譲らないからね!」
多少、思うところはあったが、返す言葉もなく、鞘奉は気を取り直して両手を顔の前に揃えておろがんだ。
このとおり、友達は稲白の事に関しては毒舌だが、みんないい人だと思っている。この世界で見つけた、数少ない存在だ。
このまま楽しい時間が続けばいい。
彼女らと居られるこの世界こそが自分の居場所なのではないだろうか。
…残念ながら、それは違う。
この世界には朝があり、昼を過ぎれば夜を迎える。
今が夏であるならば、いずれ秋が来るように、四季も確立されている。次元が違っても人間界と何ら変わるところはない。
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