第三章

4/6
前へ
/27ページ
次へ
だが、一つだけ、決定的な違いを鞘奉は感じ取ってしまった。 自然の営みが感じられない。なんせ競争がない世界なのだ。 平和と言えばそうかもしれないが、此処はやはり、生存本能の潜む人間の住むべき場所ではないと痛感させられる。 千斐千斐たちと築いた友情だって、答えを見つけて帰るまでの一時的な幸福に過ぎない。 面を上げた凛子が、傍らでうっとりとした心地で吐息を溢した。 「好逑に選ばれた暁には、稲白様のご利益を受けて戦うんだよね。まさに伝説の“救世主”みたいでかっこいいだろうな」 「伝説?」 「そう!」 おしとやかな凛子にしては珍しく興奮気味に声は弾んでいる。 「暗黒時代に現れた救世主が、長くにわたる禍乱を生み出した闇と光の戦を終わらせるっていう救世主伝説があってね。光の勝利で全てが終わると、戦で散った人々は甦り、世に平安がもたらされるって言い伝えられているの」 「……」 「あ!今、『なんだ、夢物語か』って思ったでしょ!?鞘奉っ」 「ううん。幻想的だけど、現実味が無いとは言い切れない話だね」 凛子を宥めつつ、彼女の話を真に受けたわけではないが、少し自分の中で思うところがあった。 連れ合いも救世主も、その人にしか出来ない使命があるという意味では共通している。 全うしようとする使命感の働きは、生きる気力に繋がるのではないだろうか。 自分の答えを見つけるには、まだ何かが足りていない。 だとすれば、自分にしか出来ないことって、何なのだろう? ぼんやりと考えながら、来た道を引き返す皆を追う鞘奉の足が、はたと動きを止めた。 「どうしたの?やっぱり、吾兄様に会えなかったのが心残り?」 少し先の階段を降る千斐千斐が、からかうような笑みでこちらを振り仰いだが、彼女の冗談も、この時の鞘奉の耳には届かなかった。 「……声」 「うん?」 「何だろう。誰かが呼んだ声がしたんだけど……」 鞘奉はきょろきょろと四方八方を見て、声の主を探した。 皆は気がつかなかったのだろうか。 木の葉の弥立つざわめきに揉み消されながらも、呼びかけてきた声に。 どうも気のせいじゃない気がする。 今にも消えてしまいそうな、儚い響きが、鼓膜にこびりついて離れない。 「ごめん。先行ってて!」 「ち、ちょっと」
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加