第一章

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鞘奉の父は、母との正式な結婚が許されぬうちに病に犯され、鞘奉が生まれる前に死んだ。 そのため、鞘奉を見る周りの人々の目はいつになっても、疎ましい私生児に向けるもの以外の何でもなかったものと思う。 結局、陰の子であるが故に鞘奉は誰からも存在を認められることはなく、ましてや家族として扱われることはなかったのだ。 彼女の抜け参りが始まったのは、物心着いてそういった自分の生い立ち理解できるようになった頃からだった。 杉林を掻き分けて進んだ所で、開けた土地に何重にも連なる鳥居が待ち構えていた。 ずっと人の手が加えられていないからなのか、笠木は痛みによる色褪せが激しい。 その中を掻い潜り、更に奥地へと進んだ先―忘れられたかのような場所に、稲荷神社はあった。 安堵にも似た吐息がそれまで閉ざしていた自然と唇から洩れた。 軋みをあげる足が体を支えきれなくなり、がくりと境内に膝から倒れ込む。 もう、動けない。 自分に残された力はここに来るためにあったようなものだった。 夜行虫の鳴き声が夜を一層深いものにする。 目的を果たし、四肢を投げ出して休むうちに、どっと込み上げた眠気が次第に意識を朦朧とさせ始めた。 このまま目を瞑ってしまえば、簡単に楽になれるのだろう。 誰にも気づかれることなく、自分はひっそりと息を引き取ることになる。 ……それでいい。 財産、身内、天分、……自分には何もない。心残りもない。 自分は一体、何なのだろう。 一度でいいから、誰かに必要とされて、生きてみたかった。 安楽を求めて目を閉じて暗闇へと身を委ねる。 意識が遠退くにつれて命を刻む鼓動がだんだんと浅くなっていく。 命が燃え尽きるまで、あと少し…。 ―一筋の光明が走ったのは、その時だった。 一度は光を喪った鞘奉の目にも、瞼を隔てて滲みるその輝きが強いものであるのが感じ取れた。 再び現実に呼び戻されて思わずうっすらと目を開いた鞘奉であったが、しかし、不思議とその白光をうっとおしいとは思わなかった。 温かい。降り注ぐ寂光が穏やかで、心地よくすら感じられる。 鳥居を越して御霊となったこの稲荷神社の狐が、死に逝く自分を見届けに現れたのだろうか。 力なく首をもたげ、眩しさを堪えて輝きに目を凝らす。
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