第二章

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東の空が白んで、うす明るい陽射しが山影を照らす。 若草の匂いを絡んだ風がそよそよと滑らかに頬を吹き抜けるくすぐったさに、鞘奉は目覚めた。 ゆっくりと布団から上半身を起こして間もなく、そこがいつもの自分の寝床ではないとわかるなり、反射的に緊張に身を固くする。 そこは、小さな個室だった。 壁に沿って寝台がある他に備え付けの机もあり、造りは簡素で、書斎に近い。 物音をたてぬようそっと爪先で床に降り立つ。 寝起きにしては珍しく気分が優れていて、清々しい。 あれほどしんどいまでに耐えていた空腹からも解放され、以前の日常が嘘かのようだ。 此所の土地の環境が、病んだ自分の身体に合っているとしか思えない。 あるいは、此処こそが死の果てにたどり着いた極楽浄土なのか…… 一体、此処はどこなのだろう? あらかじめ隙間のあった窓から外の様子を窺おうと試みたが、部屋の間取りが関係してか、この位置からは山肌しか見えない。 数秒の躊躇いの後、鞘奉は意を決して扉へ歩み寄ると、人の気配が無いことを確認し、部屋を抜け出た。 簾戸をくぐり抜け、板張りのひんやりとした廊下をまっすぐに進む。 突き当たりの角を左に曲がると、襖の取り払われた居間へ出た。 夏座敷には、笊に容れられた茄子などの野菜が置かれるばかりで、人の姿はない。 鞘奉は構わず戸口を開け放った。 住居を出てまず最初に目に入ったのは、向かいに建つ同じ素朴な佇まいだった。 辺りを見渡すと、更にその隣にも同じものが立ち並んでいるのがわかる。 此処は多数の人々の暮らす一つの集落なのだろう。 集落を後にした鞘奉は、なだらかな丘の傾斜を下りきる手前で、足を止めた。 「うわぁ……」 眼下に広がる景観にしばし時が経つのも忘れて立ちつくしす。 山々に囲まれた麓、規則正しく整備された田には植え込まれた艶のある早苗が靡き、若草色の海原に動きを作っている。 畦道には農作業に従事する人が行き来する姿が確認できる。 鞘奉はその出来ばえに感嘆した。 なんて生き生きとした世界だろう。 この壮大な自然の元、生きるもの全てに潤いがあり、どれもたくましい。此処がとても暗黒時代に居るとは思えない。 「何してるの?」 不意に背後から声が落ちかかった。
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