第二章

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はっと我に返って後ろを見向いた時にはもう、人影は傍に立っていた。 ぱっちりとした瞳と目が合った。 小さな形の頭に亜麻色のおさげ髪が良く似合っている。その手には間縄が握られていた。 細身を小袖に包んだ少女は、予期せぬ出来事に慌てる鞘奉に、にこりと笑いかけた。 「気がついたのね」 「え、あぁ」 「あなた、新入りさんでしょう?私、あなたの同居人。千斐千斐(チイチイ)っていうの。これからよろしくね」 千斐千斐はそう言ってちょっと照れ臭そうに頬を綻ばせた。 会って間もないものの、少しのやり取りから彼女が親しみやすい性格の持ち主だということがわかる。 長い間、友達と呼べる人を作ることすらまばならなかった鞘奉にとって、同年代と見られる少女に話しかけられたのは喜ぶべきだろう。 だが、状況が安全だと断言出来ない段階で挨拶されては、困惑するばかりで素直にその好意に応えることができなかった。 戸惑う鞘奉に気づいてか、千斐千斐は慌てた様子で言った。 「あ、もしかして吾兄様から何も聞いてないの? 「はい……」 「そう。じゃあ此処が“無明世界”だということも知らないんじゃないかな?」 「むみょうせかい?」 不思議そうに繰り返した鞘奉に千斐千斐は言葉を続けた。 「うん。煩悩にとらわれた迷いの世界。思い悩むあまり道を見失った人が、みんな此処に来るの。自分の“答え”を見つけるためにね」 それはたしかに自分にも当てはまっていた。 居場所を追い出されて目の前が真っ暗になった自分は、生きる気力を失い、一度は死を待ち望んだ。 では此処でいう自分にとっての答えとは、何かに向かって生きようとする“きっかけ”だろう。 きっかけが自信と勇気を生み、生きる気力となる。どれも今の自分には無いものだ。 何の前置きもなしに切り出された話はだいぶ現実離れしていたが、千斐千斐の眼差しは真剣だ。 作り話に付き合わされているわけではないのだと信じて、鞘奉は彼女の語りに耳を傾けた。 「自分なりの答えを見つけなきゃ元の世界には帰れない。私たちが答えを見つけるまで面倒をみてくれているのが、稲白(イナハク)様なのよ。私は吾兄様ってよんでいるんだけど」 千斐千斐は、この無明世界は陰と陽の二儀からできた世界なのだと説明してくれた。
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