第二章

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陰陽和合という言葉を聞いたことがある。 陰と陽の二気が合わさって万物を造化・創成する意味を表す語だ。 陰気は万物生成の根本の一つとされる、消極面をつかさどる気。 陽気は万物が動き、または生じようとする気。 稲白はそのうちの陽の狐神だという。 おそらく、死の淵で見かけた白狐がその稲白で、彼こそが自分をこの世界まで導いた張本人なのだろう。 一通りの話の腰が折れてからも、いまいち無明世界に居る実感は沸かなかった。 千斐千斐の口から告げられた事柄は、到底、初めて聞く者が信じられる話ではなかったが、さほど大きな驚きを感じはしなかった。 何処で生きるにしろ、自分に関係はない。 これが家族や恋人、親しい人を元の世界に残してきたならばその人を想って捉え方は違っていただろうが、あいにく自分はそんな思いをするに程遠い立場だ。 途切れた人生を違う世界で仕切り直す。それだけのことにしか過ぎない。 『一度でいいから、誰かに必要とされて、生きてみたかった』 死を覚悟した際の切な願いが何故かふと思い出された。 今思えば、あの願いが神を呼び寄せたのかもしれない。 あの時、少しも死にたくないと思わなかったなら、見棄てられていただろう。 自分で自分の価値を無いものと決め付けた者が、自分だけ薄幸だと思い込んだ時点で誰からも救いの手は伸びてこないのと同じで。 答えを見つけるには、社会の一員として活躍し、世間から身を退くことは許されない。死ぬより苦しいと言っても過言じゃない。 でも、偏見を覆さないまま終わりたくない自分がいた。 私だってやればできるということを証明したい―! 「私、この世界で、もう一度頑張ってみます」 鞘奉は心細さを振り切って小さく決意すると、千斐千斐を見つめた。 この先に待ち受ける困難も覚悟の上だ。 此処には、少なくとも自分を見てくれる人がいる。皆がそれぞれ苦悩を抱えているが故に、わかりあえることもあるかもしれない。 他の言葉は出なかったが、千斐千斐は嬉しそうに目を細めると、しっかりと頷いてくれた。
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