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夏の花①
>>4
数日前。
「私はこれと同じなの。」
僕の大切な人は、花瓶を指した。
病院の一室。
外壁やアスファルトが空気をゆらゆらと歪ませ、外が暑いのが見てわかる。
だが、空調で管理された病室は、厚いコンクリートで熱気を遮断していた。
「綺麗な花だね。」
僕が言うと、彼女は微笑んだ。
それは、病院の外にいた頃の笑顔とは異なる笑み。
悲しい笑顔だった。
「どんな花でも、根が無いと枯れちゃうのよ。」
彼女は、知っているんだ。
自分の命が、残りわずかだというのを。
見舞に持参する花は切花と決まっている。
根の付いた花は、寝付くを連想させ縁起が悪いからだそうだ。
でも、彼女には切花こそ悲しいものに見えたようで。
「ふふ、ごめんね。こんな話して。変なお願いだけど聞いてくれる?」
突然いつもの調子に戻った彼女が僕に頼んだのは菊の花。
これも葬式を連想させ見舞にはタブーとされている。
「菊の香りって好きなの。でも、誰も持ってきてくれなくて。」
僕はあまり常識人じゃないので、そんな事はお安いご用だった。
そして今日。
菊の花束を持って病室の前にいる僕。
彼女は気付くだろうか。
その一輪に、銀のリングがかけられている事に――
title:夏の花 ~病室にて~
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