華の姫

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今は昔、名も知れない偏狭の地に不思議な力を持って土地を守る者達がいた。 その土地の豊凶は、地を治める主の力で決まる。 主はその力を持って土地を治め、土地と民を守り、豊かにしてきた。 自ら戦を起こすでもなく、何事にも中立を保つ存在として暮らしていた。 歴代の主は力が有るものから選ばれ、今回の主もまた力の強さで選ばれた。 名は―――… 「蘭瑛様、」 「しつこい」 「それでも貴女が選ばれたのです。」 「あなたも知っての通りよ。  私には見ての通り人並みの力しか備わっていないの。」 現代当主の弟の三女として生まれた、名は華 蘭瑛(ミヤコノ ランエイ)。 豊かな髪に、知性を秘めた瞳。その知性を隠すような長い睫毛。 「力を持つ者」だと錦の者からの予言が無ければ、どこかの裕福な家に嫁いで幸せに暮らしていたかも知れないのに、と使者は思う。 「蘭瑛。」 突然、厳格な声が彼女の名を呼ぶ。見ると、厳しい目をした男が立っていた。 「父様、わたしは――…」 「行きなさい。」 彼女の瞳が揺らいだ。 「この家を出て、行きなさい。」 「…――それが、掟だ…」 一息置くと、静かにそう言った。 これで彼女の居場所はこの家には無い。 彼女にふと視線を戻す。 守ってくれる者を失った今、彼女はただ無力な女性に過ぎない。 その恐怖からか、彼女の唇は微かに震えていた。 「行きましょう」 手を引いて連れて行こうとしても彼女は返事をするでもなく、人形のように成すがままの状態だ。 信頼していた親からの告別。 知らない場所での新しい生活。 地を治めるという重役。 全てが今の彼女を襲い、恐怖を与えているせいなのかも知れない。 彼女は結局、馬車を降りるまで口を閉ざしたままだった。
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