華の姫

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おやすみ、そう言うと優雅な動きで去って行った。 男が去ってからも、しばらくそのまま。ちゃぽん、と池に何かが落ちるような音がして我に帰る。 先程鳴いていた蛙だろうか…。 庭からの蛙の声も聞こえなくなり、静かさが増す。 無音の世界に闇が濃くなるのを感じた。 「闇が…」 闇が濃くなるのは、 「主の力ぞ弱まれば…  闇夜ぞ濃くなる夜もすがら…  ならば――…」 それならば……… 続きは歌えなかった。歌いたくなかった。 歌ってしまったら、自分がどうしなければならないか分かってしまうから…。 パタパタ…。 忙しない足音に目を覚ます。 睡魔とは意思に関係なく襲ってくるもので… 「蘭瑛様ー、朝でございます!」 「起きている…」 いつの間にか寝ていたようだ。 上半身を起こし、盛大にドアを開けた相手を視界に映す。 「もう朝餉ができております!  ささ、早く起きて召し上がってくださいね!」 「…」 誰だ? 「?」 相手は頭の上に疑問符を浮かべたそうな表情をしている。 いや、こっちが浮かべたいくらいなのだが… 「あ、失礼しました!  わたくし、水山 怜(ミズノマ レイ)と申します!」 「みずのま…?」 どこかで聞いた気が… 「はい、本日より貴女様の身の回りのお手伝いを任されました!」 彼女の言葉を耳半分でききながら、つい考え込もうとした。 その時―…… 「ほら、早くなさって!」 「わっ…!」 ふわりと身体が浮いた。 待って、何が起こってるの!? 「行きましょう!」 気が付けば立ち上がっていた。 …いや、訂正。立ち上がらせられていた。 彼女はいとも簡単に私の両脇に手を置くと抱き起こしてしまったのだ。 「わ、分かったから、ちょっと待ってください…っ」 とりあえず考えるのは後にしよう。今は―――…… うん。今か今かとこちらを見ている彼女に着いて行こう。
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