喫茶「灰猫」

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「勤務中に店内で、しかもお客様が座るスペースでタバコを吸うなんて、あまり感心出来る行為ではないね」      いきなりの声。僕はほんの少し驚いたが、声の主に気づかれないよう、そちらを向かずに答えた。 「確かに勤務中かもしれませんが、まったくと言っていいほど客が来なくて暇だったので。しかもここは入り口から見えないので客が来てもすぐ対応できます」  我ながら、本当にダメ社会人のような発言をしているという自覚はあった。しかし声の主に対して素直に自分の非を認めるのも、正直癪だったので、僕の口からは皮肉を込めた言葉しか出てこなかった。  そんな僕の言葉を聞いて、相手はあからさまなため息をついていた。 「闇を覗く物は、等しく闇に覗かれていることを畏れなければならない」 「ニーチェですか?」 「うろ覚えだけどね」  そう言って、声の主、ここ「灰猫」の支配人であり、僕の雇い主であるマスターが、丁度僕の向かい側に座った。 「なんでここでニーチェの言葉が出てくるんですか?」 「君はこの言葉の意味がわかるかい?」 「意味も何も、まんまの意味じゃないですか?要するに、自分が覗き込んでいるものからも、自分が見えているって」 「君がここで制服を着たままサボっている姿は、君がさっきから観察しているこの町の人たちにも観られているということだよ」  ・・・なるほど、そういうことを言いたかったわけか。  でもわざわざ有名な哲学者の名言を出してくる必要性はまったく見えてこないのだが。
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