21327人が本棚に入れています
本棚に追加
/549ページ
それはまるでスローモーションの世界だった。
落ちてくる携帯と、前に進む俺とが接触するまで一秒とも満たない瞬間
――あと、少し
「と、どけぇぇぇぇぇぇ!!」
あの携帯には――
今まで密かに貯めてきたムフフなデータが詰まっているんだ!!!
そして携帯は俺の手の中へ
確かな感触も右手に感じた。
「おお――」
願いならぬ煩悩が天に届いたのか、俺の手は確かに携帯をキャッチした。
――――だが、事はそこで終わらなかった。
あまりに勢いをつけていた俺は路地を抜け、抜けた先にあるガードレールの高さを越えたまま車道に飛び出してしまう。
「――――え?」
車の不快感を覚えさせるクラクションがひどく近くに聞こえ、そちらに顔を向けると黒塗りのベンツが俺に迫る。
タイヤを地面に擦り付け、甲高い音も聞こえた。
急ブレーキをかけているようだが、間に合わない。
俺はまだ空中にいて、身動きがとれない。
その瞬間だけ俺は目を閉じた。
体に衝撃が伝わり、再び目を開くと俺は空に浮いていた。
――あ、死ぬな。
轢かれた痛みは感じなかった。それだけの衝撃だったのだ。
夕暮れで赤黒くなった空を眺めると、さっきのカラスが電線の上から俺を見ていた。
痛みは無いのに、体が落下するのが分かる。
死にたくないと、想う暇も無い。
ただ、肉が潰れる不愉快な音だけが聞こえて、何も感じなく――――――…………
6月22日 18時49分
高橋隆志・死亡
最初のコメントを投稿しよう!