ヘンゼルとグレーテル 1

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――似合わない。 押し殺した笑いに混ざってその言葉が聞こえた瞬間、俺は健に胸ぐらを掴んだ。 お勉強ばかりしている健は俺よりでかいくせに体つきが貧相で軽い。 「るせえ!わかってるっつーの!」 「何の話だ!俺は何も口に出していないが。」 ――うわ、パンツの趣味悪すぎだろ。 「誰のパンツの趣味が悪いってぇえ!」 俺は力の限り健を殴った。コイツは易々とぶっ飛び、痛そうに頬をさすりながら身を起こした。 「俺は下着の話などしていない!」 ――何で思ったことがバレたんだ? 「思ったこともなにも、お前しっかり口にしてるじゃねーか!!」 俺はもう一発お見舞いした。 健は客席に突っ込み、しばらく起きてこなかった。 「テレパシー?」 「おそらくそれだ。」 ようやく息を吹き返した健は突拍子もないことを言い出した。 俺には超能力の欠片もない。まあそんなくだんねーモン信じてすらいねーけど。 ガキの頃、学校で超能力ブームが起きた。 その時、クラスをあっと言わせたのは健の方だった。 彼は易々とフォークやスプーンを曲げてみせ、クラスメイトに舌を巻かせたものだった。 当時すでに天才として注目を集め出していた健は、俺だけにこっそりとトリックの説明をしてくれた。二人でいたずらを考えている時間が何より大切だった頃もあった。 「お前は今、小学生の頃のことを思い出しているだろう。」 ――な、何でわかった! 「テレパシーのせいだと言いたいが、そのくらいのことはお前の顔を見ていればわかる。」 笑顔で返され、不覚にもこいつ男前だなんて、この俺に似ていると言われている以上、当たり前のことを思ってしまった。 ヘンゼルとグレーテル 二人は一心同体 病める時も、健やかなる時も、そうでない時も。 この時起きたことが全て、あまりにも非現実的すぎて、もしかすると俺たちは本当に昔のように仲良くなれるのかもしれないと思った。 すぐにそれを健に読まれているということに思い当たり、思わず赤面したが、健も同じことを同じように考えていたから、二人で笑うことにした。 精神空間は、ペアとして登録された二人の記憶に強く焼き付いた場所を模すらしい。 それは健が調べていた。 俺達の精神空間が模す劇場には、思い出したくない記憶がこびりついている。 でも、今は、なんだかこの空間すら愛しく感じる。 二人でいたら最強だと思い込んでいたころを思い出した。
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