人魚姫 1

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「なしてこうなったと?」 ワタルは答えない。 いつものことだ。 こいつは自分に都合の悪いことには絶対答えない。 黙秘を続け、沸点に達すると暴れだして手がつけられなくなる。 はじめはそれが怖くて逆らえなかった。 最近は面倒で甘やかしっぱなしだった。 でも今日という今日は引き下がれない。 ミヅは風呂場に目を向けた。 ユニットバスの浴槽に見知らぬ死体が窮屈そうに収まっている様が脳裏を走る。 「ワタル、答えるばい。 なしてこげんこつしたのんじゃて。」 ワタルは口を一文字に結んだまま俯いている。 泣いてる? くそ、泣きたいのはミヅだっつーの! 血を流すために流しっぱなしのシャワーの音が響く。 「ワタル。」 冷静さを取り戻そうとして出した声は自分で思っていたよりずっと冷たくて、ミヅはこの関係の終わりを感じた。 その声に反応したワタルは、ミヅキの方を見あげる。 本当はずっとずっと前から破綻していた。 はじめて会った時のこと。 背が低くかわいらしい男の子だと思った。 ワタルは人見知りで、あんまり喋りはしなかったけど、たまに見せる笑顔がかわいくて好きだった。 付き合いだし、しばらくして暴力的な一面があることを知った。 そして内罰的な傾向も人一倍強いことを知った。 好きだから、辛かった。 好きな人に身を切られる痛み、好きな人が身を切る痛み、全てが辛かった。 だからわたしがこの人を変えてやりたいと思った。 この人も、一生懸命がんばるって言った。一緒にがんばるって涙を流して誓った。 でも、だめだった。 籍を入れて住まいを同じにすると、あの人は仕事をやめた。 何か理由があるんだろうと思って何も言わなかった。 ワタルはどんどんギャンブルにハマっていった。 お金に困ったわたしは風俗で働くことにした。 これがわたしの生きる道だと思った。 でも、違ったね。 わたしはあなたを甘やかしてつけ上がらせているだけだった。 「もう知らんたい。」 愛想が尽きた。 こんな男を甘やかし続けた自分にも、甘え続けたワタルにも。
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