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不幸な事故だった。
幸い、弟の顔の傷は残らなかったが、自分の右頬の傷は消えることはなかった。
この傷のせいで弟は自分を責め、自分を避けるようになった。それは今も続いている。
自分の願いはあの事故をなかったことにすること。
そして弟と仲の良い兄弟であったはずの10年間を取り戻すこと。
その為には手段は選ばない。
「育、起きているか?」
下の階に音が響かないよう、弟の部屋をそっと訪ねた。
「・・・起きてるよ。」
ベッドから不機嫌そうな声が上がる。
これは寝ていたな。
思わず綻びそうになる口元をギュッと閉じる。
「おはよう。良い朝だな。」
「そーですね。」
ぶすっとした顔で返された。
依然として、機嫌は直らない。
弟を無視しておいて部屋に上がり込んでくるのが許せないのだろう。
自分は、弟が寝る寝具へ近づき腰を落とした。
「俺とお前は、この10年ほとんど口もきかなかった。
いきなりベッタリ会話をはじめるとおかしいと思われないか?」
疑問を投げかけると、弟は、あ、と呟いて間抜け面を晒し、すぐに顔を作り直した。
「他人に無駄な興味を持たれたくないんでな。
俺にはお前だけいたらいいから。」
そう言って煙草に火をつけた。
弟は先程よりもひどい顔をしている。
ファンには見せられないな、自分は口元だけで笑った。
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