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10年前、長女・沙織8才、次女・未保6才、三女・美鈴6才のときだった。
家に新しい「しつじ」というものが来た。
第一印象は上々。
年は見ためからして20歳くらいで、髪は短髪でオールバック。
名前は「向井 徹(むかい とおる)」。
スーツ姿のいかにも真面目そうなその容姿は両親の受けもよかった。
彼いわく、前職は「えすぴー」なるものをしていたらしい。
そのせいもあってか両親は彼を信用し、私たちを任せっきりにして仕事へと毎日を過ごした。
彼は私たちにも優しかった。
私を含め、一番年下の美鈴はすぐになついた。
美鈴は勝手に向井に「むいむい」と変なあだ名をつけて沙織に怒られていたが、彼は嫌な顔一つしなかった。
そのうち沙織、私としだいに打ち解けていき、一緒に過ごすことが多くなった。
ある真冬の季節、美鈴が深夜に高熱をだした。
両親は仕事でしばらく帰ってこない。
この時間に開いている病院があるわけでもない。
私たちがとほうにくれておろおろしていた時、向井は突如美鈴をかついで外へ飛びだして、あちこちの病院のドアを叩いて回った。
おかげで美鈴は大事にはいたらなかった。
それからというもの、美鈴はますます彼になついた。
彼はときどき困った顔をしたが、まんざらでもないようだった。
美鈴は常に彼にべっとりひっつき、「私大きくなったらむいむいのお嫁さんになる!」と毎日のように言っていた。
彼はそのたび、「大きくなったらですよ」と返事をしていた。
そのたび美鈴も「うん!」と元気よく返した。
季節はめぐり、沙織は中学に上がり、私たち二人は小学六年生になった頃だった。
最近両親の様子がおかしい。
毎日けんかをするようになった。
私たち三人が陰でそれを見ていたのだが、向井がそれを制止した。
私たちは、向井の提案で親に内緒で万屋をはじめた。
お金をためて両親を驚かせ、喜ばせるためだ。
これでけんかもしなくなる。
そう信じて私たちは一生懸命に働いた。
もちろん向井も手伝ってくれた。
お金はみるみるたまっていき、そのたび四人で喜びをかみしめあったものだった。
一年後、50万という大金を手に、三人で両親が帰ってくるのをいまかいまかと待っていた。
向井はいない。夕飯の買い出しに行くと言っていた。
「今日はごちそうですよ」という彼の言葉に三人は胸を踊らせた。
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