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だが、大佐がいない今しか訊く機会がないのだ。
「私はありませんな」
「僕もです」
「俺もです」
「俺もないッスよ。
ってか大佐のことで中尉が知らないことは、俺らにもわかりませんよ」
やっぱりそうよね、と私は苦笑して大佐が座っていた席を見る。
「このままじゃ、みんな仕事がしづらいわよね…」
ぽつりと呟いた言葉に、周囲の気温が上昇する。顔を上げると、全員が自分をすがるような目で見ていることに気付いた。
「手は打つから、そんな顔しないで頂戴。…ほら、あなた達も」
笑ってそう言うと、今まで緊迫していた空気が緩んだ。
「やっぱり中尉は心強いですな」
「さすがです、中尉」
安堵の表情を浮かべながら、それぞれ自分の席に戻る。
「中尉の笑顔が眩しかったス。
いやもう何ていうか、あれは救世の女神…」
「…大袈裟よ」
まるで地獄の底から這い上がって来た罪人のような言葉だ。
「地獄に仏ならぬ、女神?」
もうわかったから、少尉。
早く仕事しなさい、仕事。
チャイムと共に、周囲が騒がしくなる。昼休みの時間だ。
「じゃあ中尉、お先に」
「ええ」
真っ直ぐ食堂へ向かう部下達に軽く会釈をして、机の上の書類に目を戻す。
「…あとは、これを大佐に渡せば終わりね」
大佐は仮眠室から一度も戻って来なかった。
起こしに行った方がいいだろう。
化粧室で身だしなみを整えて仮眠室に入るが、大佐の姿はどこにもなかった。
もう食堂へ向かったのだろうか。
(いつもは、私に何か一言をかけて下さるのに…)
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