胎児の夢

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『水が豊富で活気に溢れたこの若い星で、まだ生まれたばかりの陽を見つめてお姫様はその眩しさに目を瞑りました』  まだ朝は早い。 早く目を覚ましたお姫様はもう一度眠りにつく。 明暗ほどしかわからない、全てが曖昧な夢の世界。  だから、きっとこれも夢。 どんな暑い日でも寒い日でも雨が降っていても 私の世界には色が無い。 母は笑うけど父は笑うけど犬は吼えるけど私には何か感動を形容出来る言葉が見つからないの。 きっとどれも言葉足らずで伝えたい肝心な事は結局誰にも届かないから。 それは、もしかしたら自分の心にも。  『王子は、魔王をついに退治し、世界に平和が訪れました』  鼠の声は聞こえない。  いいじゃない、鼠、殺すなんてよくないよ。  生き物を殺すことは罪よ。 命を潰すことはわるいこと。  誰か一人でも、善意を持って何かと接しようと思えた人は居なかったのかしら。  でなければ、こんな残酷な方法で皆を陥れるような事なんて絶対に起こらなかったのに。  『そうして二人は幸せに暮らしました……』  この世界がうそだとしたら。  眠っている私が見せる、長い夢。  そうだとしたら私はまだ本当の世界がどんな色に満ちているのかまだ知らない。  目覚めた後の気分も見当がつかない。  目を覚ました後に本当の世界が始まるのか。  霧の晴れたその先の向こう……空の上、そこから伝えてよ。  私がまだ幼く、母もまだ若かったころ、一度だけ鼠を見た事がある。  母はこう言った「鼠が黙るからリンゴを落としなさい」と。  ひとつ、ふたつ、みっつ……。  鼠にかじられる為のリンゴが地面へ落ちていく。  テラスから見下ろす景色はねずみ色。  沢山集まって喧しく何かを叫んで鳴いている。  地面に落ちたリンゴを彼らは食べたのかしら?   色の無い空から降る、真っ赤なリンゴを。  霧掛かって霞んだ、いつもと同じ空。 ――こんな年でも鼠の赤ちゃんは沢山生まれたの。   だけど食べたリンゴは全て腐っていて全員死んでしまった。 ――親鼠はリンゴを拾った事を後悔し、嘆いた。   そして自分が拾ってしまったその恥辱を噛み締め恨んだ。
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