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「こっばやかわせんぱぁぁぁいッ!」
「っだぁぁッ、しつこいんだよお前はァァッ!」
あーまたやってるよ、なんて声が今通り過ぎた女子たちの会話のなかから聞こえてきて、衣替えしたばかりの時季なのにいつの間にかこの光景が三年生のクラスがある二階ではお馴染みとなってしまったことが窺えひっそり笑みが漏れた。
さらさらの栗毛を揺らしながら逃げる小早川先輩は、中学のとき陸上部で短距離走をやっていただけあって目茶苦茶足が早い。一瞬でも気を抜けばあっという間に見失ってしまいそうだけれど、校内というのは意外に障害物や曲がり角が多く、廊下で談笑している生徒たちを避けながら走ろうとするとどうしてもスピードは落ちてしまう。だから俺が先輩を見失うことは少ない。もっとも、綺麗な栗色の髪の毛を靡かせて走る大好きな先輩を見失うなんてそうそうありえないんだけれど。
ドーナツ屋で出会った彼が同じ高校の先輩で、イギリス人の祖父を持つ三年生の間では有名な小早川光明先輩だと俺が知ったのは実はあのあと結構すぐだった。入学したばかりの頃、三年にクオーターの先輩がいるという噂は聞いていたけれど、まさかドーナツ屋で遭遇しあまつさえもちもちのあいつを譲り渡してしまった彼だとは思いもよらなかった。
小早川先輩は、クオーターというだけあってすごく綺麗だ。栗色の髪は自毛だと言うしよく見ると瞳は濃いめの灰色、手足もすらっとして百八十オーバーの身長は正直羨ましいくらいだ。
そんな先輩に、俺は、まさかの一目惚れをしてしまったのである。
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